2008年3月19日水曜日

書くこと・会話すること

私は文章を書く。建築が発生する前の背景を、事後的な効果を、視覚像の奥にある意味を、その場所に身体を置いてはじめて感受できる空間の質感を、伝えるために書く。文章を書くことは、それが読み出される際の音の触感や、文字の並びという視覚情報を用いて、意味という明示するべき価値を、場所と時間を越えて伝えようとする行為である。

一方、建築が発するものもまた、社会的意味、物質の触感、視覚像であり、それらから生起される空間である。その多面性において、建築は、音や文字の連なりから生起するイメージを味わう「詩」であり、「会話」に近い。場所と時間を共有した上で交わされる意味、音、視覚像(表情や身ぶり手ぶり)が会話であり、会話もまた、その場に身を置かないと感受できない行為だから。

(続きは「新建築住宅特集 2008年4月号にて)